いつまでも変わらない・・・

思うところがあり、本日は愚痴っぽいです。 学校には「研究」なるものが存在します。 研究は教師にとって必須です。それは、教育基本法第9条にも明記されてます。だだ、どこにも「研究授業」の義務は書いてありません。 そう、教師は、日々あらゆる角度から研究・修養することが義務付けられているのです。授業はもちろんですけどね。 ところが、「研究」と言うと授業のことばかりで、しかも、普段やりもしない特別な授業をすることであるかのように語られることが少なくないのです。 こういう研究をやると、大変に多くの時間を費やすことになります。午前様なんてこともあります。しかも、たった一時間の授業をやるために、何十時間も費やすのです。 結果どうなるか?他の授業が疎かになったり、子供と関わる時間が奪われたり、そして何より、教師のプライベートが奪われます。 「教師にプライベート何か要らない」って、誰か言うでしょうか?冗談じゃ無いです。教師にプライベート何か要らないのであれば、「常識知らず」何て思うだけでも矛盾してますよね。教師だって人間です。趣味に没頭したり、教師以外の人間関係を充実させることは、結果的に教師の魅力を高めます。教師が教師として魅力的かどうかは、プライベートの充実にも関わることです。これ、どんな仕事でもそうですよね。多角的な「研究・修養」には、学校を離れることも必要不可欠な事なのです。 だからこそ、教師を学校に縛り付けるような研究授業なんてやるべきではありません。 そして、こんなこと、殆どの教師が思っ…

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研究授業

「授業力向上」って、教師にとって大切にしたいことです。 そのためにやっていることの1つに研究授業と言うものがあります。 が、これが多くの場合に、単なる徒労に終わっている事実があります。「若い者にやらせれば良い」という研究授業は、はっきり言って9割以上が無駄。 若い者にしてみたら、さんざん苦労させられ、結局何が身に付いたのかわからない。せいぜい、多くの先生を目の前に授業したから、多少は度胸がついた・・・・だけ。 ようやく最近になって「日々の授業に役立つ研究を!」って言われるようになりました。 20年も前から言っている身にとって「遅いよ!」との念は拭えないものの、でも大切な方針転換だと思います。そもそも、それ以前の日々に役立たない研究授業って、何をやってたの?と言いたくなりますがね・・。 ところが、「日々の授業に」という割にはやってることが以前と変わらない現実があります。 そもそも、日々の授業に役立たない研究授業って何でしょう? 私は以下のように考えています。 ①一時間の授業をやるのに、準備が何十時間とかかる。(→我々の勤務時間は7時間45分。他の仕事いつやるの?)②学習カードに先生のコメントびっしり!(→その教科だけ?コメントいつ書くの?)③借りてきてまでの贅沢な準備品。(無きゃ出来ない)④教師の特技を披露するだけ。等々。英語を勉強してほとんどマスターしましたって言わんばかりの授業を見たことがあるけれど、凄いですねぇでおしまいでした。 外国語活動が以降措置に入った頃(Hi…

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待ったのは・・・3ヶ月

「子供がやると言ったからには子供が動くまで待つ」「動いた子供を見逃さない(つもり)で褒める」というこだわりを持つ私。  転んだ子がいても、駆け寄って助け起こすなんてことは絶対にしません。泣きわめいていてもです。その代わり、緊急の状態にあるかどうかをじっくり見ます(声を上げて泣きわめいている場合は、ほぼ放っておいて大丈夫)。そのうち、歯を食い縛って起き上がります。こういう頑張りがたまらないんです。そうしたら、めっちゃ褒めます。だって凄いですもんね。痛いのに、泣きたいのに、我慢して自力で立ち上がったのですから。 泣きわめいて助けてもらう経験をした子は、次も泣きわめいて田助を求めるようになります。ぐっと堪えて立ち上がったことを認められた子は、次も立ち上がろうとします。 誰だって認められたいですもんね。泣きわめいて認められたら、次も泣きわめくし、頑張ることで認められたら、次も頑張ります。 さて、そんな私のクラス。 枯れ果てた植木鉢が6つ7つありました。係りの子が「自分達で片付けるから放っておいて!」って言ってた植木鉢です。 元々はパンジーが咲いてました。パンジーって6月ぐらいまでですかね。で、その頃もう元気無くなって来たから、処分しようかと言ったのですが、「まだ枯れてない」ってその子達が言うから、何となくなんとなく、夏休みに突入。 夏休みは、分担して持ち帰って世話するのだとか。そして2学期にも突入・・・でも、さすがに枯れ、「いつやるかな?」って。 私も我慢できず、…

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