授業参観でのこと

1つの答えに対して「違いま~す」との声。 結局、2つの答えが出てきました。式は同じだから、どちらかが間違いです。 「どっちにする?」(私)「う~ん」(子供達)「じゃあ確かめてみるか!」 大したこと無い計算だけど、違う答えが出たことで一気に面白くなる。「確かめる」という目的に向かって、確実に計算する子、何度も計算する子、計算方法を工夫する子、そして、全体で確かめて、片方の答えが正しいと結論付け、違う答えを出してくれた子に、「ありがとう」で、先へ進む。 間違えること、とっても大切。そして、間違いから学ぶことは、何にも増して大切で、面白い。 だから、家庭学習の見直しは、本人がやれるようにするべし。 答えを見る子がいるからと、教師がやるのは、学びの楽しさを奪っているのです。

続きを読む

嬉しいお知らせ

かつての教え子の母親から、その子が就職したとの連絡をもらいました。 私は卒業する子達へ「気安く小学校に戻るな」と声掛けをしています。中学生が小学校をうろうろするのって、見ていてあまり気持ちの良いものでは無いと言うことも理由の1つですが、せっかく歩み始めたのに、一時の感傷にくじけてほしくないからです。 実際、中学で充実している子達より、適応できずにいる子達の方が、やたらと小学校に姿を見せる傾向があります。 さてその子、決して勉強が出来るという子ではありませんでしたが、曲がったことが嫌いで、人に優しく出来る子でした。 今度はその、正義感を生かせる仕事に就くとのこと。大いに活躍して欲しいものです。 こういう連絡って、私自身の励みにもなります。教え子に、尻を叩かれつつ、歩ませてもらってます。

続きを読む

天国と地獄のお話

子供達へ必ずする話の1つに「天国と地獄」のお話があります。元は仏教の「極楽と地獄」という話だと、とある先輩に教わりました。その先輩は、お坊さんでもあるので、間違い無いと思います。 さて、「天国と地獄」とは、こんなお話です。 むかし、むかし、ひょんなことから命を落としてしまった者がおった。「俺は死んでしまったのか」と落胆しながら、三途の川を渡り、てくてく歩いて行った。 やがて、死んだ者は必ず通るあの世の門に来た。そこには閻魔大王様がいて、死者達の生前の振る舞いを聞き、天国行きか地獄行きかを決めているのです。 いよいよその者が閻魔大王様の面前へと通された。すると閻魔様は、「おや?お前は閻魔帳に名前が載っておらん。どうやら鬼達の手違いで死んでしまったようだな。生き返らせてやるから、待っておれ。でも、せっかく来たのだからどうだ、地獄と天国でも見ていくか?」と仰った。 その者は、生き返らせてもらえるのならすぐにでもと思ったが、せっかく来たのだからと、天国と地獄を見せてもらうことにした。 最初に通されたのは地獄だった。地獄と言えば、血の池、針の山、地獄の釜と思っていたのだが、そこには綺麗な建物があり、中へ入ると丸いテーブルに、見たことも無いようなご馳走が並べられていた。 するとそこへ地獄の亡者達が入ってきた。亡者達は痩せ細り、あちこち傷だらけ。空腹に耐えきれずご馳走へ飛び付こうとするが、鬼達からテーブルの周りにある椅子へと縛り付けられてしまった。そして片方の手には、柄の長~い…

続きを読む