行事に向けての一山越えましたき

今日は、学年の一大行事に向かうべく、半日がかりでのイベントでした。 半日全体での活動をしていると、改めて見えてくる課題やら、「おっ!この子はこんな気配り出来るんだ」って長所やらが見えてきます。 一方で頭によぎるのは、この過密日程の中で、ここまでやるべきかどうか。小学校6年間で最もハードな学年故の悩みです。 原因すら明確にされず、挙げ句には狙いもやり方もデタラメな英語導入。曰く付きの割には、良くできている教科書ではあるものの、運用面で難有りの道徳。宙ぶらりん総合。増えすぎたカリキュラム。 ビルド&ビルドでもはや崩壊の始まっている学校現場だけに、行事も本来の目的を達成していくものと言うよりは、こなすだけが目的と化しています。 我が子が、或いは教え子が、真剣に、純粋に「教師になりたい」と言ったら、間違いなく反対します。それが現実。むしろ、「どうせ他人の子だし手を抜いてもクビにならないから教師にでもなる」と言うのなら、どーぞどーぞと言うでしょう。 極端ですが、そのくらいの気持ちがなかったら、精神を病むのが目に見えているから。純粋に子供達の成長を願い、子供達と切磋琢磨し合いたいなんて思ってたら、矛盾の山に押し潰されるでしょう。 そうならないよう、現場からの声を上げ続けるものの、トップダウンの教育界、なかなか変わりません。 愚痴ですね。 さて、集団での一山を超えた子供達。 今日ハッキリした課題は、①全体指示が出るときは自分の都合を後回しにして注目するということ。②「自分に関係な…

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蔓延る「忖度」を打ち破れ

学校って言うところは「忖度」だらけと言っても過言ではありません。 例えば研究授業。どんな授業を見たって「今日は大変良い授業をありがとうございます」となる。後から「あんなこと出来っこない」とコソコソ・・・。 散々寝倒しておきながら、「この会意味ない」とは言わない。因みに「意味無い」と言うと「得るものはある」と言われます。そう言うことではなく、こちらが言いたいのは「これだけの時間と労力を費やしてまでやる意味が無い」と言うこと。つまり、タイムパフォーマンスですから、最近はそこまでいちいち言うようにしました。 核心に言及せず、のらりくらりとやって来たことも、現在の飽和状態を招いた一因と言えるでしょう。 働き方改革なんて言葉が出回り始めたけれど、少なくともそれに期待し、子供達にも「教師って仕事は良いよ!」って胸張って言えるようにしたいのなら、我々自身も「忖度」からは足を洗わなきゃ。

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一喝!

行事に向けての練習を始めました。 学年で動くので、学級単位よりも「聴く」と言うことを意識しようとか、切り替えの時におしゃべりをするのではなく、静かにするという協力が大事だよ等と話してから、さあ活動開始! そんな中でも、おしゃべりしちゃうなんて子がいます。それも当たり前のこと。だからこそ、指導する意味もあるってものです。 さて、帰りの会にて、ちょっとしたおしゃべりが一部にあったね。少しずつでも変えていこう・・・な~んて話していた時のこと。 見つけちゃいました。担任にわからないように、向かいの友達と、足で蹴り合いしている子。 ドカ~ンと一喝! それでシュンとなるのがいかにも男の子って感じ。 一喝したあとは説教ですが、腹の中では可笑しくて仕方ないものです。 懲りずに明日もやらかすか、懲りて気を付けるか・・・。どちらにしても、いたずら坊主は可愛らしいものですね。

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