夏休み論争

どこぞの自治体では、夏休みの大幅短縮を決め賛否両論にゆれてますね。 私は短縮には闘って反対です。 もっと言えば、夏休みにやたらめった宿題を課すのも反対。 ある程度の期間を設け、子供達が自由に使える時間を確保し、その時間をどう過ごすかという自己決定を、子供達自身がすれば良いと思っているからです。 そうは言っても、学力は大切ですから、夏休み明けに実力テストを位置付けます。1つの明確な目標を設定するのです。 そして、成績優秀者には、2学期の宿題免除なりを認めちゃいましょう。 こっちの方が、むしろ意欲的に学習へ取り組むでしょう。イヤイヤやるより、遥かに効果的効率的な学習スタイルを、子供達自身が見つけていきます。 中には、夏休み何にもしないで、休み明けに散々な思いをする子もいるでしょう。その挫折経験こそ、学習の必要感に繋がります。 夏休みを短くし、多くの宿題を与え、子供達の自由な時間を奪うことは、「社畜」と呼ばれるブラック企業で、奴隷のように働く人材を育むことには繋がるかもしれません。 しかし、自ら判断し、創造力に富んだ人材を育むとは思えません。 自ら考え、試行錯誤をするためには、時間が必要だと思います。

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いじめアンケートで悪化していくいじめ

自殺が起きる度に話題に上がるいじめアンケート。 ハッキリ申し上げておきたいのは、「いじめアンケートなど何の役にも立たない」と言うことです。仮にいじめアンケートで1つのいじめが解決したとします。 しかし、そのアンケートにより、10の新たないじめを生み出すことになります。 何故か? 理由は以下の通り。①そもそもあのアンケートは、いじめを解決する目的ではなく、行政や学校が「いじめのことを考えています」と言いたいためだけのものだから。②項目が浅はかで、いじめ冤罪や他力本願を増大させるから。③結局担任任せだから。 続く

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自分が居なくなってもやれるクラスにすることが目標

いつでも念頭に置くことは、「自分が居なくなってもやれるクラスにする」と言うことです。 かつてこんなことがありました。それは、山の中にある小さな学校に居たときのこと。4年生から3年間担任したクラス。山の学校ならではの長閑さ。職員数が少ないから、校務はたくさんやらなきゃで慣れるまでは大変なのですが、自分でやれば良いのでやりたいように出来るやりがいがどんどん膨らんでいきます。大抵一人でやりますから、会合を開くロスが無くなります。結果として、慣れちゃえば時間に余裕が出来るので、仕事など定時に終わるのが当たり前でした(今とは雲泥の差)。 だから、休み時間と言わず放課後もしょっちゅう子供達と遊んでいました。素直で好奇心旺盛な子供達、学校に協力的で担任を持ち上げてくださる保護者、町の教育委員会とは違い、学校へしょっちゅう顔を出し、現場の声を尊重して支えて下さる教育委員会。教育委員も教育長さんも顔馴染みになります。 学校学校へ良くなるに決まっている環境でした。 子供達と先生達も仲よし(そりゃもちろん叱ることはあります。クビ覚悟でひっぱたいたことも1度だけありました)。 この村にずうっと住みたいとさえ思った程です。 さて、そんな学校で何が起きたのか・・・。正確に言うと、卒業後のことです。 勉強は、なかなか苦手だけど素直で優しい男の子がいました。学校のすぐ側に住んでおり放課後に「先生野球やろう!」ってちょくちょく誘ってくれた子でした。 中学に行っても頑張ってはいたそうですが、「小学校の頃が…

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