綺麗事に惑わされない

学力の保障とか、どの子にも居場所をとか、個に応じたとか、授業のユニバーサルデザイン化とか、本人がいじめと感じたらそれはいじめだからとか、学校周辺では、あちこちから、好き勝手に、無責任に、その場しのぎに、あんな言葉、こんな言葉が飛び交います。 学力の保障?どの子にも最低学力を学校が保障するのでしょうか?出来るのでしょうか?そもそも、一定ラインを保障するのなら、一定ラインに満たない子を留年させるはずですよね。出来もしないのに、学年だけ上げるなんて、余計苦しめるだけですから。 実際はどうでしょう?小学校で留年した事例ありますか?ありませんよね。それは、子供の為でも何でもなく、留年させてたら、義務教育費がとんでもないことになるからです。 一般社会で働いている皆さん、どの社員も個別対等してもらっていますか?少なくとも、教師社会では、個別対応なんてしてもらえません。会議でどんなに異論を唱えても「決定」が覆ることなどありませんし、行政がそんな言葉に耳を傾けることなんて、村でも行かない限り無いでしょう。 何が言いたいか。 そういう社会で通用する人材を育むのが学校だということです。そして、綺麗事に振り回されていて、子供が育つのかと言うことです。 社会自立が教員のゴールです。 諸説渦巻く学校ですが、どうかゴールを見失わず、情報の取捨選択を正しくしていきましょう。

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その中1ギャップって原因を作っているのは小学校ですよ

「中学の掃除で戸惑う生徒が多いので、よく見て欲しい」との前フリもあった中学校説明会。 行って話を聞いたら、自分で考えて掃除をするとのことでした。 え?たったそれだけのこと? それで戸惑うと言うことは、どういうことか察しがつきました。「小学校でずっと言われたままに掃除をしてきた子達が苦しんでいるだけ」ということに。 韓国へ脱北して、何年も経った元工作員のドキュメンタリーで、その方が語ったことと重なりました。 何が重なったかというと、脱北して韓国で生活する人達が、最初大変に戸惑うのだそうですが、その原因とです。 その原因とは、「韓国へ来たら自分で考えなければならない。北にいたときは考えなくて良かった。」です。北では、全て国が決めてくれるのだそうです。言われたままにしていれば良い。自分で考えなくて良い。だから、自分で考えることに抵抗を覚えるのだとか。 掃除にしてみても、支配型の教師は、あれもこれも全部決めます。決まりを乱立してその通りにしていなさいと指示します。言われた通りにしていれば良いという学級経営をします。何故か?楽だからです。管理しやすいからです。見映えも良くなるからです。従っているかいないかだけ見ていれば良いからです。 基本となる形を教える低学年ならまだしも、高学年までこれをされると、子供の考える力は伸びません。当然です。 子供が考えて行動するって、うまくいかないことも当然出てきます。しかし、だんだんに教師の予想を超えた姿を見せることも増えていきます。それこそが、教師の喜…

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目標より高いところにゴールを設定するとクリア率が高まる

校庭を5周走ろうと思って走る5周目と、校庭を10周走ろうと思って走る5周目とでは、後者の方が気持ち的に楽ってことはありませんか? ドライブ行くのに、50キロ先の街へ行くのと、100キロ先の街へ行くのとでは、50キロ通過するときの気持ちが違いますよね。 これ、教育にも通じる考えです。男女仲良くとか、いじめを無くすとか、◯◯を身に付けるとか、その事自体をゴールとするよりも、仲良くしてないと達成できないことや、身に付けないと達成できないことを校庭をとして示した方が、意外とすんなりやれてしまうことが、多々あるのです。 続く

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