英語の教科化

なんてことは無い・・・って言ったら嘘になりますが、人を増やさずやることだけメチャメチャ増やす行政には、ウンザリしております。 愚痴はさておき、小学校に英語が下りてくることについては反対しません。ただ、効果なんて無いはずですよ。何しろ、勤勉な日本人にも関わらず、中・高6年間英語をやってもしゃべれるようにならない原因が置き去りのままなのですから。 原因がある限り、6年間やろうが+2年やろうが、何を根拠に英語力向上を期待できるのでしょうか? 単民族国家の日本。バイリンガル化を目指すなら、やるべきことはいくらでもありますが、何でも学校に押し付けておしまい。アプリで英語も学習できるご時世ですが、そういう金は出さない。金かけず、成果を出せと言う発想、そのデタラメぶりは恐るべしです。 愚痴になってました。 それよりも、もっともっと問題なことがあります。それは、プラス1時間にも関わらず、時間の確保が無いことです。 文科省は、一時間を分割し、朝ドリルや給食後の時間などを活用すれば良いなんて、アホなことを言ってます。 どうやらその時間帯って、我々現場は遊んでいるとでも思われていたようです。 冗談じゃありません。児童会や行事の下準備、生徒指導、保護者対応、どれだけやっていることか。 そんな時間を使えと言うくらいなら、総合的な学習の時間を当てれば良いのです。「認められない」って文科省は言うでしょうが、己らのデタラメ方策を棚に上げてよくも言えたものです。 そして、主事や管理職達も、いい加減にこん…

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理想の学校

私には、これこそが理想と思える学校での勤務経験があります。 その学校に勤務していた時は、毎日子供達と遊ぶことが出来ました。放課後に「先生!野球やろう!」って職員室の窓から子供が誘って、「やるか~!」ってちょくちょく遊んでました。午後6時と言うとほとんどの先生達は家路に付きました。帰宅中道端にランドセルが山積みになっていることがよくあり、何かと思って車を降りてみると、子供達がサワガニを見つけて遊んでいたり、基地で遊んでいたりしました。下校が早い1・2年生、校庭で遊んでいて、高学年が下校になると一緒に帰っていきました。よく遊びよく学ぶ子供達と、よく遊びよく学ぶ先生達とが、ワイワイと日々を過ごしていました。 小規模の山間僻地の学校です。 先生達の人数も少ないから、1年目はやたらに仕事が多くてビックリしましたが、ほとんどの仕事が一人で担当するので、やりたいように出来る充実感がありました。もちろん、責任も重いけれど、充実感が勝りました。 今でも理想の学校です。

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中学校の謎

他県での経験がある中学校教師の話。 その県では、中学校の期末テストの類いは、全てかどうかまで覚えていないけれど、県で統一したテストを実施するのだそうだ。 これにより、県ベースでの学力を知ることが出来、学校独自テストより客観的なデータを元に進路指導をしているのだそうです。 確かに、学校独自のテストにも意味はあるけれど、客観的な判断に出来るかと言えば、何とも微妙です。テスト問題のレベルが違えば、得点比較など意味が無いですから。 そして、その先生は、「この県の先生達は、忙しい忙しいって言うけれど、自分達で自分達の首を絞めている」と言った後に、「そのくせ大した成果を上げてない」と、痛快で痛烈な一言を加えたのです。 「大して意味ないことにやたら力を入れて、自分達はこんなに頑張っているんだぞ」って胸を張ってるって、言ってしまえば無能と言うことです。 独自テストを実施することには、授業への参加を評価する意味はあるでしょう。でも、作成にあたる大きな責任や、リスク、そして手間隙は、相当なものです。 だったら、県の統一したテストにしてしまえば、その手間隙の分、他の仕事ができるし、多少なりとも健康的な生活にすることが出来ます。 何だかんだ言われるけれど、教師が不健康な学校に通わせたい保護者も、通いたい子供も居ないで小から。 そして、より客観的なデータを元に進路指導が出来れば、生徒も保護者も納得して進路選択が出来るはずなのです。

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