研究授業

「授業力向上」って、教師にとって大切にしたいことです。 そのためにやっていることの1つに研究授業と言うものがあります。 が、これが多くの場合に、単なる徒労に終わっている事実があります。「若い者にやらせれば良い」という研究授業は、はっきり言って9割以上が無駄。 若い者にしてみたら、さんざん苦労させられ、結局何が身に付いたのかわからない。せいぜい、多くの先生を目の前に授業したから、多少は度胸がついた・・・・だけ。 ようやく最近になって「日々の授業に役立つ研究を!」って言われるようになりました。 20年も前から言っている身にとって「遅いよ!」との念は拭えないものの、でも大切な方針転換だと思います。そもそも、それ以前の日々に役立たない研究授業って、何をやってたの?と言いたくなりますがね・・。 ところが、「日々の授業に」という割にはやってることが以前と変わらない現実があります。 そもそも、日々の授業に役立たない研究授業って何でしょう? 私は以下のように考えています。 ①一時間の授業をやるのに、準備が何十時間とかかる。(→我々の勤務時間は7時間45分。他の仕事いつやるの?)②学習カードに先生のコメントびっしり!(→その教科だけ?コメントいつ書くの?)③借りてきてまでの贅沢な準備品。(無きゃ出来ない)④教師の特技を披露するだけ。等々。英語を勉強してほとんどマスターしましたって言わんばかりの授業を見たことがあるけれど、凄いですねぇでおしまいでした。 外国語活動が以降措置に入った頃(Hi…

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アハ体験で学習意欲アップ!

間違いを大切にしたいとは言っても、子供達にとって、なかなかに難しいようで、間違いを隠そうとする子や、すぐに消してしまう子が少なくはありません。 クイズなら、自分の予想が外れていると「何で何で?」って食い下がるのに、算数何かだと、「ふーん」で終わらせてしまうのが何とも勿体ないですよね。 「何で何で?」って、理由を探し、「あっ!そうか!!」ってスッキリできれば、その行為自体を楽しむことが出来るのに・・。 何とかこの「原因探し」とも言える、間違いと向き合う行為を大切にしたいと考え、私のクラスでは「アハ体験」と呼ぶことにし、これが出来たかどうかを、自己評価カードや感想などで取り上げるようにしています。 その中で、みるみる力を伸ばしている子に注目すると、保護者の声掛けがとっても上手であることに感心させられます。 「子供の今の状態より一歩下がって、子供の頑張りを大いに認める姿勢で接する」これがとても素晴らしいのです。 簡単に言うと、0点のテストや宿題でも、見直して本人が正しい考え方を見つけ出すと、それを心底感心して誉めてくれるのです。だから子供は、また見つけようとする。この繰り返しこそ学ぶと言うことですよね。決して点数が低いからと怒りません。そんなことをしても意味がないって保護者自身よくわかっているのでしょう。 逆に「うちの子、あんなに見てあげているのに、ちっとも勉強が出来ないんです!」なんて言う保護者に見られるのが、怒りまくりの教え方。子供はどんどん隠すようになっていきます。そして、申し訳ない…

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勉強のできない子

かつての教え子の話です。 その子はとっても気立ての良い子で、配り物をした時「ありがとうございます」って真っ先に言った子でした。 ところが、お勉強がからっきし・・・。一生懸命なのですよ。ノートを見れば、黒板に書いたことを、とっっても丁寧に書き取ってあるのです。 そのノートを保護者が見たら、「ちゃんとやってるね」って言うことでしょう。 ところが、そのノートにたった今書いたような内容を問うと、全然答えられないのです。何故でしょう・・・。 これ、子供達に聞いてみたら、大抵の子が言い当てました。 そう、「ノートにやたら丁寧に書いていること」が大きな原因と考えられます。 やたら丁寧に書く、「これは書かなくて良い」と言うことまで書く、先生が考え方を話している時も書く、友達が説明している時も書く、書いている時は、ひたすら見映えを良くすることに夢中。 肝心の理解することに対して、脳ミソが働いて無いのです。 勉強している形を見せることばかりなのです。 想像ですが、ちゃんと勉強しているかどうかの判断を、ノートだけでされてたり、丁寧に書くことをやたら強くインプットされたりしてきたのだろうなぁって思いました。 ノートの取り方まで指導しろと言われるご時世ですが、理解するためのノートの使い方など人それぞれです。 我が子に対して勉強の出来具合を気にする保護者は多いでしょう。だとしたら、理解できていたら解けるはずの問題を出してみるのが一番です。

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