黄金の3日間を取り巻く矛盾

スタートの日が大切だとの意から「黄金の3日間」という言葉が、学校にはあります。 「一年の計は元旦にあり」とか「スタートが肝心」等を思えば、何となく意図は伝わるでしょう。 兎に角、子供達との出会いの日は、一年の中でも特に大切だから、しっかり準備をして臨みましょうというものです。 だから、担任達はしっかり準備をして・・・臨みたいのですが、実際のところは疲弊しきってこの日を迎え、そのままなし崩し的に始まってしまうケースが少なくありません。 その理由の1つが、日程的な忙しさです。例えば、4月の勤務開始2日後に始業式・・・・。こんな日程だったらどうでしょう。 異動してきた先生にしてみれば、自分が何年の担任なのかさえわかりません。校務分掌は?どんな子がいるか?何もかもわからない状態で始まります。しかも、やたらに会合が詰め込まれ、自分のクラスの仕事をする時間など、せいぜい2~3時間です。 あり得ないですよね。しかし、それが現実に起きているのです。特に、行政が入学式の日付を決めてしまう自治体で・・・。 パチンコのビギナーズラックから、パチンコにどハマりする心理を思えば、黄金の3日間が大事、特に初日が大事なのは明らかなことです。 だからこそ、その3日間を大事にするための準備時間を確保することは、管理職にとって学校運営の基盤になるはず。そして、それを邪魔するような行政では話になりませんね、

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怪我する度に減らされていく遊び場

愚痴です。 昔むかし、私が幼稚園児だった頃、「遊び虫のうた」という歌が流行っており、その歌詞の一部が今も思い出されます。 ~ぼくのからだのすみっこに小さくなってるあそび虫よごしちゃだめよと叱られて危ないだめよと叱られて小さくなってるあそび虫空ではお日さま笑ってるだけど悲しいあそび虫あき地も林もなくなってテレビの前が指定席眼鏡をかけてるあそび虫~ 当時も今も、変わらぬ世相とでも言いましょうか・・・。 こんなことがありました。庭で遊ぶ子供同士がぶつかって怪我をしてしまいました。大ケガです。 ケガした方の親が大激怒。親心を思えば気持ちはわからんでもないですが、この事から、「そこで遊ばせるべきではない」との話になってしまいました。 学校はこんなことがざらにあります。だから、体育館の登り綱は、ほとんどの学校で使用禁止です。あんなに良い運動無いのに・・・。 でも、ケガさせたらダメとか、ケガさせた管理責任がどうのとか言われれば、学校がそうするのもわからんでもないです。 結局子供が置き去りなんですよね。 怪我しながら、加減だのを覚えていくのに、あれダメこれダメと制限だらけにして、当たり前なのに体力が低下したから体育を充実しろって・・・。本末転倒も良いところです。 ため息・・・・愚痴でした。

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何しても体罰なら、放っておくしかなくなる

殴ったら・・・そりゃ体罰。叩いたら・・・それも体罰。机を蹴ったら・・・これも体罰。暴言吐いたら・・・やはり体罰。恫喝したら・・・見事に体罰。大声出して威嚇した・・・体罰。子供に恐怖を与えた・・・体罰。 モンペが騒いだら、「体罰でした」とか「不適切でした」とか、行政さんはあっという間に担任批判をするようです。 じゃあどうしろと?「きちんと向き合って指導すれば・・・」お決まりの机上論。 それで良くなる子だったら、大きな声出して叱る必要もありません。 一部のモンペに言われるままの行政が、現場教師を踏みにじる現状。 結末は・・・。 「そんな子は放っておき、まともな子だけを相手する」 だから、どんどん現場がおかしなことになってきています。

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