新卒を育てるシステムこそ再構築したい

私が初めて教師となった20年以上前。勤務校は一学年4クラスもの大規模校でした。そのためか、その学校には毎年新卒教師が配属されて居ました。 毎年一人か二人の新卒教師がいる学校には、新卒者として大変にありがたいことが山のようにありました。 1つ目「聞ける先輩がそこにいる」わからないことだらけの新卒教師です。初めての職員会なんて、他の先生達が説明していることすら理解できなかったのを覚えています。そんな時、新任2年目3年目の先輩がそこにいるということがどれ程ありがたいことか。それだけではありません。新任当時も今になっても無駄と思っている「初任研」という膨大な研修についても、その先輩達に聞くことが出来るのです。「あの研修会は出会いの場だぞ」なんていう裏情報まで教えてもらえました。新卒者にとって「わかり合える仲間がいること」ほど力強いことはありませんでした。 2つ目「新卒者の受け入れ体制が充実する」新卒が来ると言うことは、受け入れ校にとって大きな負担になります。単純に右も左もわからない大卒が来るという負担ではありません。そんなものは当たり前の事だし、大卒には大卒なりのメリットもありますから。何が負担かというと、それは山のように課せられる「校内研修のための資料を読んだり作成したりすること」です。新卒担当の職員は「えっ?何やるの?」から始めることになります。そして、その担当宛に「校内研修マニュアル」なるものが届けられます。分厚い分厚いマニュアルです。校内研修と言ったってろくな研修など出来ません。何故なら…

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子供を一番に考えない

これは仮説です。 よく、「一人っ子はわがまま」と言われます。確かに、大人の中に子供が一人だけと言う環境を思えば、そうなるのもわかりますよね。 大家族や、子沢山の昔を思えば、大人の目が届かないところで、子供同士熾烈なせめぎ合いをしていました。食事だって戦争です。呑気に食べてたら、自分の取り分など無くなってしまいますから。 思い通りにならなかったり、我慢したり、思いっきり主張したり、そう言う駆け引きを日々行っているのですから、自ずと周囲との調整力が身に付きます。それはたくましさでもあり、社会性でもありますよね。 一人っ子であっても、そんな力を育みたいものです。 だから、「子供を一番に考えない」という接し方って、意味があると思うのです。 じゃあどうすれば良いか・・・ それは、「親自身が子供になりきること」だと思います。もちろん、常にそうしろと言うことじゃなくて、そう言う時を作るという意味です。 分かりやすいのは食事。争えば良い。わざと大皿に盛り付けて、バクバク食べちゃえば良い。競争心の刺激です。 要するに、兄弟がいるかのように、ライバルになれば良いと思います。  思い通りにならない体験をさせる。相手に譲る体験をさせる。相手に競り勝つ体験をさせる。 これ、一理あると思います。仮説です。 子供を一番に思うからこそ、子供を一番にしない場面を作る子育てでした。

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もうすぐ1年生⑤(入学式!)

ハラハラドキドキの入学式が終わり、帰宅です。 親としても、ほっと一息ですよね。本当に緊張の1日だったことでしょう。 でも、もう一頑張りです!!3つだけで良いから、お子さんとしっかり話しておきましょう。 まず1つ目。「帰宅したらすぐにお便りを出す場所を決める」です。ここで習慣付ければ、後々まで当たり前のことになります。 お家の人に手渡しするよりは、置く場所を決めて、ただいま~の時に必ずカバンを下ろして手紙類をそこに置くようにします。手渡しする方が良いようにも思いますが、帰宅時に必ず受け取れることはまず無理です。トイレに入っているかもしれません。だから、自分が子供と関われるうちに「自分が居なくても出来るようにすること」が大切だと思ってます。 2つ目は、傾聴姿勢の確かめです。「先生の言うことをよ~く聴いてくるんだよ」って送り出したのですから、よ~く聴いて来たかを確かめます。ですが、尋問かのように「何て言ってた!?」「ちゃんと聞いてこなきゃダメじゃない!」何て言うのは逆効果です。入学式のあれこれを話ながら、子供が「こんなこと言ってたね」なんて言ってきたら、「よく聴いてたね~」なんて大いに認めるのです。わざと忘れたふりして「えっ!そんなことも言ってたの?よく聴いてたね~偉いね~」なんてヨイショ出来れば効果抜群です。要するに、聴くことに対して意欲的になるように仕向けるのです。そのためには、親が認めること、関心を持つこと、そして、感心することが何より大切です。 3つ目は、家庭学習の習慣付けです。…

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