研究授業をやるから教師がダメになる

最近、タイトルのようなことを強く思うようになってきました。 ここで言う「研究授業」とは、ここらで言う「打ち上げ花火的授業」を指します。 それは、・大がかりで準備に膨大な手間隙がかかる授業。・普段絶対やらないのに「せっかくだから」と日頃使いもしない準備物をバンバン使う授業。・他へしわ寄せが行く授業。・見せるための授業。 そんな感じです。 要約すると、「たった一時間の授業をするために何十時間も準備して臨む授業」であります。 この手の研究授業に対して、どんなに異を唱えてみても「授業者の先生は熱心に準備を重ねなれ本当に素晴らしい準備を見せてくださりありがとうございました」と締めくくられてしまいます。 そして、そんな手の込んだ授業こそ素晴らしいという心理が、教師達の心理に擦り込まれるのです。 そんな手の込んだ授業こそ素晴らしい?そんなことを、擦り込まれると当然、「普段の授業はヘボい」となるでしょう。何しろ、1分たりとも準備の時間が無いのですから。 こうして、教師の自己肯定感が低くなります。これ、教育にとっては大きな痛手です。 そもそも、日常の授業をよくするためのはずの授業研究なのに、何十時間も準備してきた特別な授業をやったところで、授業研鑽にはなりません。 つまり、得るものが無いのです。多少はあるかもしれませんか、コスパを考えたら0に等しいと言えます。 それより、何の準備もない授業を見合って、改善の方法を探る方が、より実践的な授業研鑽が出来るでしょう…

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