仕上げの三学期に見えるもの

いよいよ三学期が始まります。「やだなぁ~」って声が日本中から聞こえてきそうなこの土日でしょうね。正直言っちゃえば多くの先生達も同じ気持ちです(^^; そうは言っても1度しかない人生ですから、「イヤだイヤだって言ってるより自分から進んでいく方が良い!」って三学期に突入します。 さて、その3学期は言わずもがな「一年間の成果が問われる時期」となります。 これは学校でも家庭でも同じことです。 では、その成果はどのように見えてくるでしょう。 具体的に上げるとキリがありませんが、全てに通じることは、「心をかける段階になったかどうか」です。 教育の段階として私がよく真似させてもらっている話に「手をかけ目をかけ心をかける」というものがあります。何もわからない頃はしっかり教え手をかけて身に付けられるようにして、徐々に手放していくと言うのがこの話です。 学年に応じて、時期に応じて色々有りますが、1年というスパンで見るならば、三学期には一学期に手をかけていたことについて、もう手出ししなくても良い状態になっているべきでしょう。 敢えて厳しく言うなら、「1つのやるべき事について一学期と同じような手のかけ方を三学期にもしていたとしたら、それは指導に問題がある」と言うことです。 三学期は異動も見えてくる時期ですから、教師は「自分がいなくても大丈夫な子供達」に育てられたかを省みる必要があります。 お別れの式で子供達が泣きじゃくり、先生との別れを惜しむような光景もありますが、そうして…

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働き方改革は授業を高めるため?

違いますよ。働き方改革は、授業を高めるもなにも、明日の授業準備の時間すらなく、手抜き授業で凌ぐか、過大な超過勤務(持ち帰り含)をするかの現状を改善するためでなくてはなりません。 何故か? それは、「教師」という職業が、とてもじゃないけれど子供達に勧められないブラック職業となってしまったからです。 では、どうしたら良いか? 何よりも筆頭に上がるのは、「削減」です。ビルド&ビルドで膨大になったのが今ですから、スクラップ&スクラップです。これしかないと言えるくらい不可欠。 巷では、行事の削減だの何だの子供達の教育活動そのものを削減という声が多くありすが、その前に削減するべきことが多くあります。 ①輪番制の公開研究授業は元より研究授業全て   →これを主張すると必ず「それで授業の質を高められるのか」との意見が出されます。でもハッキリ言って、研究授業の回数と授業の質が比例するなんて研究はどこにもありません。それより研究授業のために費やされる時間のいかに多いことか。もし、研究授業をすることで多少なりとも授業が良くなったとしても、失う時間が多すぎるのです。コストパフォーマンスならぬ、「タイムパフォーマンス」が悪すぎるのです。その証拠に、経験上ほとんどの研究授業で、「この時間を明日の準備に充てたい」との声が聞かれます。 「研究授業のあり方を見直せば良い」との声は当然あります。でも、そんな声は何年も前から耳にしますが結局同じことの繰り返しです。そして…

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ありがとうございました

2018年最後の日です。 まとまりの無いブログですが、足を運んでくださった皆様、お心寄せありがとうございました。 良いお年を。

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