理想の授業

対話的だの、アクティブラーニングだの、学習問題が何たら、学習課題が何たら、教師ばかりが喋ってたら何たら等と、学校では色々言われます。 こういうのって文科省からの意向を受け、時代と共に文言が変わって来るのですが、そういう中で、いつも漠然としているのが、「理想の授業って何?」ということです。 私は、何だかんだ揺れてきましたが、最近どうやらこれだなと思うことがあります。それは・・・、 「楽しく分かればそれが良い」 ・・・それだけです。 アクティブだろうが、対話だろうが、一方的だろうが、教師ばかりが喋っていようが、そんなものはどうでも良い。子供達が楽しく分かればそれで良い。 もっと言えば、分かる楽しさを味わえればそれで良いと思います。 理解させるべきことが、10個あったなら、10個分かればそれで良いのです。より深く分かればそれで良いのです。もっと知りたい学びたいって思えたら、もはや言うことないのです。 ごちゃごちゃ面倒なことに拘って、それを忘れるくらいなら、面倒なことを放っておいて、分かることに集中していけば良い。 楽しくさせた方が分かるかもしれないし、シリアスにした方が良いかもしれないし、笑いや驚き、そういう感情を持たせた方が深く分かるのなら、それを考えれば良い。 それ、実は、初任校で研究の中心講師を務めていた、とある大学教授が言ってたことにも繋がります。 「先生が喋りすぎとかどうでも良いのです。要するにわかる授業を目指してください」と。

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手のかかる子に手をかけ過ぎて学級崩壊

手のかかる子に手をかけないでどうするの? って言われそうですが・・・。 手のかかる子に手をかけ過ぎて、学級崩壊してしまうというのは、ありがちなことなのです。 何故でしょう? それは、手のかからない子達の心理を思うと容易に想像できるでしょう。 手のかかる子に手をかけ過ぎて、「手をかけるべき子」を蔑ろにしてしまうからです。

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現場と行政のずれ

「授業改善をせよ」とか「授業研究をせよ」など、授業の質を高めようって声が、毎日のように上から降ってきます。 もちろん!!そうしたいし、それを目指しているし、そのために毎日毎日、授業が終わる度に、あれは失敗だったとか、もっとこうすれば良かったとか思う毎日。 多分、そこら中の先生達が、毎日毎時間、こういう気持ちを持っているのだろうと思います。 教師になり、四半世紀が過ぎ、「これが良いのかな?」って思えることが増えてきたのは、唯一道徳です。それでもまだまだって思います。 さて、そんな現場に、授業をしていく上で致命的とも言える欠点があります。 「授業の準備時間があまりにも無い」 これです。 私は小学校勤務ですから、どの教科も教えます。6時間あったら、6時間異なる教科を教えます。その授業を、準備する時間はどれ程かというと・・? 子供達の下校が4時。勤務終了が4時45分。この45分の時間帯に、会合が入ります。 因みに学級の仕事は、授業だけではありません。保護者に連絡、掲示物、掃除のこと、座席のこと・・・。準備準備以外にも山ほど学級に関わる仕事があります。 そして、学級の仕事ができるという時間が確保されるのは、週1あるかないか。 つまり、そのたった45分の間に、1週間分の授業準備やその他の学級に関わる仕事ができる・・・そんな先生は、多分どこにも居ないでしょう。 そんな現状を、もしも行政が把握しているのなら、「授業改善をせよ」なんて言えないでしょうね。 授業改善どころ…

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